「生活維持省」は「生と死の支配者」の盗作なのか?

最近,以前に書いた「「イキガミ」と「生活維持省」」という記事に対して,かなりの攻撃を受けていた.
その趣旨をまとめると次のようになる.

  1. 生活維持省」の目的が人口過剰に対し,「イキガミ」は「生命の価値」を再認識させることで国を豊かにすることを目的としているので,盗作ではない.
  2. 生活維持省」は「生と死の支配者」の盗作であるので,「イキガミ」は「生活維持省」の盗作ではない.

1では,反例が存在することを主張しているのだが,類似性は類似点がどのくらい多く存在するかで判定するので,反例を示しただけでは有効とは言えない.私は大学のレポートのコピー問題を実データを使って解析したことがあるが,コピーする場合でも意図的に違う点が作られているのがほとんどだ.現時点で,星マリナ氏が「イキガミ エピソード1」の詳細な類似点を指摘しているので,これらを否定するか,それより相違点の割合が非常に多いことを示すことが必要だ.
2では,これらの作品の盗作問題は,互いに独立なので,もし「生活維持省」が「生と死の支配者」を盗作していたとしても,さらに「イキガミ」が「生活維持省」を盗作したということはありえる.それらは独自に扱われるべきであり,「生活維持省」が「生と死の支配者」を盗作していたとしても免責にはならない.
しかし,「生活維持省」が「生と死の支配者」を盗作していたとしたら問題であり,彼が主張するように非難されるべきものである.そこで,実際に「生と死の支配者」(ハヤカワ文庫・絶版)と「生活維持省新潮文庫「ボッコちゃん」に収録)」を比較してみた.下に今回の比較に用いた書籍を示す(面白いことに,「思春期に手塚治虫作品や星新一作品ほかたくさんの秀作の出会いがあったからこそ,…」と「ボッコちゃん」を推薦しているのは,漫画家の浦沢直樹である(笑)).

  • 生と死の支配者」の人工平均化施行局の主な役目は個人の私有地を没収して分配することで世界の人口を平均化することと,障害を持つ子供の悪要素抹殺と老人の安楽死であり,他に金星のテラフォーミング,超高速飛行による他惑星への移住の調査,不老不死の研究などをおこなっている.「生活維持省」は,老人や子供のような差別を一切しない公平な人口の調節により平和で豊かな社会を実現している.テーマの一部に類似性が認められる.
  • 生と死の支配者」の主人公は人工平均化施行局の副長官で,元長官の暗殺により長官に昇進して,地球人だけでなく宇宙人までを相手にして権謀術策をおこなう話である.「生活維持省」の主人公は人口調節を実際に毎日実行する末端の外勤職員で,そのある一日の業務の遂行の話である.主人公とストーリー全般に関しては,まったく一致が見られない.
  • 指摘された類似部分の内容は,「生と死の支配者」は肺炎の要因の話で,副長官室を舞台として,詩人が自分は肺炎を起こしても救われた,私の子供は全員殺すのか?と訴え,その結果主人公が書類を偽造し,その書類を再度確認する命令を出して,後に詩人に感謝されるとは言え,これが弱みとして反体制組織に握られてしまう.「生活維持省」では,対象者の家庭の玄関を舞台として,平等な人口調節を受け入れないとどういう事態が引き起こされるかと外勤職員が得々と説明し,納得させる.指摘された類似部分の会話には,彼が挙げた二つの台詞が示す,助命を拒否した点だけに類似は見られるが,他はまったく異なる.
  • 生と死の支配者」では,主人公に自分の子供を助けるように直訴してきた詩人の子供を救ったり,反体制組織に入っている弟に安楽死命令を出すなど,特権の乱用として取り上げられている.「生活維持省」では,絶対的なものとして,相手に死を受け入れさせているだけでなく,自分の死も受け入れている.小説中の国家による死の管理についての取り上げられ方も異なる.

結局,類似部分は,国家による死の管理という大きなテーマと,助命嘆願を拒否するところだけである.たとえば,タイムマシンという大きなテーマと,それに付随するタイムパラドックスを取り上げただけで盗作とは言えないように,SFで一般的である国家による死の管理というテーマには,それを免れようとする者・反対する者の存在も取り上げられるので,これだけでは盗作と断定できるほどの類似性とは言えない.
そこで,他の部分を比較すると,まったく一致点が見られない.
結局,「米SF作家ロバート・シルヴァーバーグの作品「生と死の支配者」にかなりの部分で類似性が指摘されており酷似している」という指摘は誤りである.
なお,彼の反論の投稿で,「こんな感じで押し問答」,「このあたりのセリフが多少脚色があるにせよそっくりだ」と類似性が見られない部分が省略され,もっと詳しい類似点を示さないと証拠にならないと言っても拒否するのは,そもそも内容がまったく異なるために,それ以上の類似点を示すことが不可能だったと考えられる.
なお,彼の投稿に次のような興味深い点が見られる.

  • 「そもそも「生活維持省」自体が星の作品の3年前に書かれた米SF作家ロバート・シルヴァーバーグの作品「生と死の支配者」にかなりの部分で類似性が指摘されており酷似していることも後にわかっている。」とあるが,小学館の見解には,この指摘は含まれておらず,この時点で「誰が」,「どのようにわかったのか」という証拠が示されていない.
  • 「それと「生活維持省」と「生と死の支配者」は残念ながら表現もセリフも同じです。和訳してみてください!」とあるが,そもそも「生と死の支配者」は30年以上前に早川文庫から出された翻訳本である.原題「Master of Life and Death」を挙げるなら,「翻訳」という言葉も理解できるが….
  • 最初の投稿が6/24,6/30に二作品の比較をお願いしたら,その次の書き込みが7/30であった.なぜここだけ長い期間が掛かったのか?
  • Wikipediaにも彼の主張と同じ記述がある.たとえば,「イキガミ」では「しかし、この「盗作問題」に関して、そもそも「生活維持省」自体が星の作品の3年前に書かれた米SF作家ロバート・シルヴァーバーグの作品「生と死の支配者」の基本ベースとなる設定(人口過密問題の解決策とし人間を間引くストーリー)並びに、第1章のかなりの部分に類似性が指摘されており酷似していることが後にわかっている[7](少なくとも『イキガミ』に前述のような設定はまったくない)。しかし、日本文藝家協会、星マリナ双方ともこの件に関してなんのコメントも出していない。」.ここで引用されている書評が英語で記述されている.

これから推測するに,彼はこのブログに書き込んだ時には,原本も訳本も持たず,単に英語の書評の紹介だけで判断したのだと思われる.その後,私に指摘されて,ようやく訳本を入手したところ,類似点がなく,困惑して証拠を示すのを拒否しはじめたのだと思われる.
なお,Wikipediaの該当記事の記述にも関係している可能性があるので,この事実を報告する予定だ.
以上,誤りや書き足りないことがあれば,加筆・修正するつもりである.さて,これでまた攻撃が再開されることであろう(苦笑).