組織IQ

招待講演のN口教授の「遠距離交際と近所づきあい -成功する組織ネットワーク戦略-」は非常に興味深い内容だった.主に,中国・温州人の起業家ネットワークについてで,温州人は教育よりも起業して成功することを目指すのだが,その起業をいかに人的ネットワークで世界的にサポートしているのか?という話.貧乏で教育も受けていないし,中国標準語も現地語もろくに喋れないのに,20代で大金持ちになれるのは,ネットワーク自体にそういう力があるということである.この話は,すでに出版されているので,そちらを読むと良いかもしれない(なお,すでに第二版が出版されているので,購入時には注意して頂きたい).

遠距離交際と近所づきあい 成功する組織ネットワーク戦略

遠距離交際と近所づきあい 成功する組織ネットワーク戦略

さて,ここで彼の発言にあった「組織IQ」という言葉が印象に残った.これは,彼が日本の官僚体制について部門(機能)横断型プロジェクトチームを作るべし!という助言をしたのに,未だにやろうとせず不正の温床となっている事実を指して,「T大卒を大量に抱えながら,一体何をやっているんだ!彼らは組織IQが低い!」と発言したのである.つまり,組織を云々する場合には,組織IQで評価しなければいけないということだろう.彼は,その違いをワッツのスモールワールドの話になぞらえて,組織に部門横断型チームやトヨタグループの自主研(例のアイシン精機事件で活躍した人的ネットワーク)のような形でリワイヤリングしてショートカットを作ることで組織IQを高める話をしていた.
さて,以下は私の推測や妄想(笑)が入った話である.中国・温州人の起業家ネットワークの場合には,個々のノードが知的ではない.しかし,全体として非常に知的・創造的に働き,利益も高い.これに対して,日本の官僚ネットワークはノードが非常に知的であるのにもかかわらず,結局不正や自己保身のために働く傾向が強く,現在も日本という国に日々多大な損害を与えつつある(苦笑).この,まったく正反対の性質を持つネットワークを比較すると,組織としての動きを語る時には,ネットワーク構造の議論が非常に重要になるということである.つまり,いわゆる階層的な構造を持つ組織では,「組織IQが低い」のである.
ショートカットを追加すれば,どんどんスモールワールド性が高くなる.これは,ノード間の平均距離が短くなり,クラスタリング係数(友達の友達が友達である度合い)が大きくなるという実際の指標に現れ,それは組織の中にいるキーパーソンにアクセスしやすくなり,他の人に仲介してもらって協調することがしやすくなることである.これは,組織内にあるノードの能力を活用しやすくなることに通じる.
ここで極論すれば,規則的な階層構造を持つ組織では,各ノードに低能であることを要求し,かつ一番低能なノードの能力に抑えられてしまうことを意味するのではないか.これはある特定の目的に限れば効率的な組織は作れるが,現実では状況は頻繁に変化するわけであり,結局は優秀な人間がいても活用できない,または排除してしまうことに繋がるだろうし,いわゆる「お役所仕事」,「たらい回し」にも繋がるのである.各ノードが低能であり,また低能であることを要求するので,低能なノードにとっては実力より高く評価され,仕事も少なくて楽という点で,まさに低能なノードにとっては楽園になる.
これにランダムなエッジを張って行くことで,スモールワールド性が高くなり,異なるスキルを持つ人との協調ができると共に,生産的な組織に移り変わって行く.この時に,自立的なチェック機構も発生する.結局,自組織の内情を他に公開することになるので,集団として変なことはできないし,もしあるノードが無能だったりしたら,それをスキップしてより上位ノードからそのノードを懲らしめてもらう(例,某研究所の総括がある部門の人間を迫害・スケープゴートにしていたのだが,上位の総研所長から彼らは実績もあるし,これからも必要なのだからそんなことをするなと注意された結果,態度が一変し,猫なで声でご機嫌を取ってくるようになったとか(笑))こともできる.このネットワークでは,各ノードに「知的になる」ことを要求し,周囲のノードもノードを「知的にする」方向で働いて行くのである.もちろん,「エッジを張る」,「知的になる」という作業は非常にコストが掛かる作業であるので,このネットワーク構造ではノード全体に個々の能力を発揮することを要求する.
しかし,この違いはショートカットの有無なので,同じ基本構造を持つ組織でも,どちらの状態にも遷移できる.ただし,規則的な組織構造は,ノードが低能でよく,努力も要求されないので,その構造に留まろうとする力がある.またスモールワールド的な組織構造は,常にかなりの維持コストが要求されるので,その構造を保とうとするためだけにコストが必要であり,それを怠るとショートカットが失われ,元の単純な規則的な組織ネットワークに戻ってしまう.
それで,実は欧米的な成果主義と日本的な成果主義の違いは,どちらのネットワークのノードとして働くかを評価するかという本質的な違いがあるのではないか?と思っている.つまり,日本的成果主義では,ある規則的な組織ネットワークの視点で評価し,欧米式成果主義では,スモールワールドな組織ネットワークの視点で評価しているのではないか?当然,前者はある目的に限れば効率的であるものの,世の中の動きについていけず,優秀な人間だけが辞めて行き,会社としての利益も低くなるという傾向を生み出し,これは業種や業態の変化によっては,会社に多大な損失を生み出すかもしれない.