監訳断念

某書籍の監訳を断念した.
某社から監訳を打診された時に,印税折半方式から若干の固定額の報酬を渡す方式に切り替えたことを言われた.まあ出版不況だし,翻訳が良ければ監訳者の仕事はほとんどないし,私も時間はないので簡単な方が好都合である.それに,その背景には,某大学の某先生のように,監訳者としての仕事はしないのに,沢山いる弟子の書籍に名を連ねて利益をかすめ取る不心得者が問題になっていたこともあると推測している(爆).ただし,翻訳者が酷かった時に監訳者が全責任を引き受けて全部翻訳をやり直すことはとてもできないので,「翻訳を全面的にやり直す必要があるようなら,引き受けられません.そこで,○章(一番技術的で難しい章)の翻訳の質を見てから判断させてください.」と約束をした.
編集者は,翻訳者から原稿が来るたびに転送してくれた…が,まず1章目は翻訳が酷かったそうで編集者が修正した版だけが送られて来た.最初1〜3章を見た時には,海外在住だけあって,それなりの翻訳能力があるようだが,日本語として全体的におかしく,独り立ちはとても難しいと判断した.この時点では単に日本語の問題で対処可能と思っていた.しかし,肝心の4章目の日本語訳が酷かったので,編集者にかなりひどいとメールを送信して,数時間掛けていろいろな章の原文と翻訳を比較した.結局翻訳プロセスは,次の3段階の過程を経るが,

  1. 原文の理解
  2. 原文から訳文への翻訳
  3. 訳文の校正・推敲

最初と最後の段階の手を抜いているようだった.翻訳能力があるから一見それなりの文になっているけど,困るのは原文と対比させると適当に意訳されていて内容が違う箇所が多いことだ.全体的に文章がおかしいな…と違和感を感じていた原因は,日本語能力だけの問題だけじゃなく,これでは原著の良さが伝わらなくなってしまう.
結局原文と逐一対比させて内容の真偽を確認しなければならず,しかも日本語として意味が通らなくて訳語統一もしていないので,最初から翻訳をほとんどやり直す必要がありそうだった.最初聞いていたように直訳なら訳文だけを直せばよいのだが,コンテキストを無視している点で機械翻訳に近いかもしれない.最初は10倍くらいの時間を掛けて再翻訳しようと思ったのだが,適当に仕事をしている翻訳者の印税のために彼の怠慢をカバーすることになる矛盾に納得できなくなって,結局断ってもっと訳文の質に寛容な監訳者に頼んでくれるようにとお願いした.
ただ,最初に約束していたことでも,編集者は納得できなかったようだ.でも,単に「時間をいくら掛けてもいいから,翻訳をやり直してください」とお願いされても,ちょっと無理….翻訳者を変えるとか,手抜きに関するペナルティがある(今は手抜きした方が得なのだ)ならいいのだけど,たぶんその翻訳者は英語が堪能で仕事が早いということで頼りにされ,質の問題は無視されてきたのかもしれない.
結局,私は他人がなんとかしてくれるからと,あえて手を抜くような人は好きでないということが根底にあると思う.私は厳しいけど,質をチェックすると伝えたのに編集者も監訳者に見せられないと判断するような原稿を平気で出す時点で問題があると考えてはいけないのかな…?
追記:結局,編集者は,翻訳者が酷い原稿を提出した時点で自分が適当に修正しないで,一度突き返して直させるのが一番良いやり方だった.自分の訳文を一度も真剣に見直さずに,短期間で仕事をやっつけたのは見て明らかだったから,NGを出して真剣に仕事をやり直させれば,全体的に質は満足できるレベルに上がっただろう.昨今良い翻訳者が確保できないという悩みも,自社の抱えている翻訳者を甘やかさずに育てれば解決できるはず.
しかし,翻訳者より能力の高い監訳者なら,すべての責任を追ってくれる,どんなひどい翻訳を渡しても大丈夫,その翻訳を捨ててすべてやり直してもらうことさえも当たり前という甘えが,自社が抱えている問題を放置してきたのは否定できない.今回は私のために仕事が行っていた私の知人にそんなひどい依頼が行っているのでは?という心配もあって,鋭く突っ込んでしまった….
少なくとも,翻訳品質が非常にひどくて監訳者を依頼した人が辞退したと事実をしっかり伝えるべきだろう.