ななし氏の類似点リストの採点

以前に「生活維持省」は「生と死の支配者」の盗作なのか?」というエントリで二作品を分析してななし氏の主張が誤りなのは確認したが,具体的な類似点のリストが届いたので,せっかくなので採点してみた.なお,以下はネタバレを含むので注意していただきたい.

  1. 物語の舞台は現代とは違う遠い未来が舞台になっている。…○?.「生と死の支配者」は23世紀で不老不死,地球化,超高速飛行が実現されている時代,「生活維持省」は不明だが,新しい技術が光線銃程度で現在とあまり変わらないが,「長い年月をかけてやっと方針が軌道に乗った今」という言葉があるので,そう言ってもよさそうである.ただし,SFはたいてい未来の話である.
  2. 物語の舞台となる政府は人口過剰という問題を抱えている。…×.「生と死の支配者」では人口過剰という問題を抱え,戦争(宇宙戦争も含む)が起こる寸前の状態であり,主人公の上司の長官も暗殺され,主人公も何度か暗殺されそうになっている.しかし,「生活維持省」は,すでに人口過剰,生存競争,戦争の危険などの問題が解決された平和な時代の話である.
  3. 人口過剰が影響で人間の住む土地問題が課題となっている。…×.「生と死の支配者」では,土地を徴収して,そこに強制的に移住させる「人口平均化」政策でも人口過剰問題が解決されず,最後に他銀河系の惑星の移住が実現することで解決の糸口が見えた.「生活維持省」では,すでに人口過剰や土地問題などは解決されている.
  4. “人口”、“土地”と言う言葉が何度も出てくる。…×.実は「生活維持省」では,「人口」が1回,「土地」は1回であり,頻度が特に多いわけではない.これは,これらの問題がすでに解決された時代の話だからであろう.「平和」,「犯罪」,「戦争」,「交通事故」などの単語の方が出現頻度が多い.
  5. 人口を調整する省庁がある。…○.「生と死の支配者」の「人口平均化施行局」の業務は,人口密度の低い土地への移住,安楽死,地球外への移住である.「生活維持省」では戦争や生存競争がない時代を実現するために人口を直接調節しており,詳細な業務内容はかなり異なることには注意しなければならない.
  6. 主人公は人口を調整する省庁で働いている。…○.ただし,上記とほとんど同じ質問なので,項目を統合すべきだろう.
  7. 省庁で働く上司と部下は物語の重要な位置づけとなっている。…×.「重要な位置づけ」が具体的に何を指すかがあいまいだが,「生と死の支配者」の主人公は最初は副長官で,ストーリの50ページ目付近で上司(長官)が暗殺され,自分がトップに立って独裁者としてふるまう.「イキガミ」と「生活維持省」は課長と部下の話で登場シーンも関係も類似しているが,少なくとも「生と死の支配者」の場合は「位置づけ」はまったく異なると言っていいだろう.
  8. 人口を増やさないために当局が合法的に殺人を犯せる。…×.「生と死の支配者」の「人口平均化施行局」の主な業務はあくまで人口平均化(人間の移動)である.付帯施策である悪要素抹殺策の対象は異常遺伝子を保持する赤ん坊(手段はハッピースリープ)と男子不適格者(手段は断種),安楽死計画は死を目前にした老人(手段はハッピースリープ)であり,目的は不適格人物の排除であり,人口を増やさないためではない.実際,人口平均化施工局誕生以来対象となったのは,赤ん坊が3,000人,死を目前にした老人が8,000人であり,70億の人口に対して十分な人口抑制効果はない.また,主人公は「やがていつの日か,人口平均化は不要になるだろう.だが,安楽死が今の状態を維持するのは確かだ.それは正常な方法であるうえに,長い目で見れば,慈悲深い処置でもある.」と考えている場面があるように,この作品では人口調節と不適格人物の安楽死は独立で,後者は惑星外移住が実現して人口問題が解決された後も残るとされている.
  9. 主人公は人を殺害する権限を持っている。…×.「生活維持省」の主人公は外勤職員で命じられた死の実行権がある.「生と死の支配者」の主人公は副長官(のちに長官)で死の実行権はなく,それはガス室でおこなわれる.なお,悪要素抹殺策,安楽死策における死の決定権は安楽死診療室にあり,長官・副長官は関与できない.例えば,主人公が頼まれて赤ん坊を救うことを考えたときに,「安楽死法令のもとでは,それは犯罪行為なのだ」と述べられている.ただし,極端な犯罪行為に対しては,長官だけに死の決定権がある.
  10. 主人公は“死刑執行人”あるいは“死神”と言われている。…×.「生と死の支配者」の文章には「死刑執行人」,「死神」という言葉は見当たらない.ただし,人口平均化政策を積極的に推し進めた前長官に対しては,暗殺されたときに「そろそろ殺されてもいい頃だったのよ」「あの赤ん坊殺し!」という記述があるが,後継者の主人公は惑星間移住を積極的に進めることを公表し,マスコミを買収して情報操作までしているので,大衆には基本的に好意的に迎えられている.買収前に探検隊が発見した惑星への移住に異星人が反対していることに対して戦争を回避して話し合いで決着しようとしたことに対して,「ウォルトンなんて犯罪者は殺されちゃえばいいんだわ.あの緑色の怪物どもに殺されないうちに.…(中略)…あたしたちには,生きる空間が必要なんですから.」というシチズンへの投稿記事があるが,これはさすがに該当しないだろう.
  11. 人口調整のための“方針”という言葉が何度か使われている。…×.「生と死の支配者」の該当箇所では「<ポピーク>の方針」,「生活維持省」では「政府の方針」のように使われている.ただし,「生と死の支配者」に限れば,悪要素抹殺策は人口調節とは独立なので,「人口調整のための“方針”」とは言えず,該当しない.「人口調節」という条件ではなく,所属組織や政府の方針にすれば正しいが,さすがにそれだと一般的な記述すぎるだろう.
  12. “例外は認められない”という言葉を主人公が言う。…○.
  13. 小道具としてニードラー(短針銃)と言う武器が「生活維持省」の光線銃を連想させる。…×.「生と死の支配者」のハッピースリープはガス室でおこなわれる.「生活維持省」は光線銃.ストーリーが似ていないからと言って,警備員の保安用や主人公の護身用のニードラーと比較しても,それは類似点とは言えない.
  14. “ハッピースリープ”という言葉が「生活維持省」の“死”に対する考えを連想させる。…×.「生と死の支配者」の「ハッピースリープ」は安楽死である.「生活維持省」で銃殺で安楽死ではない(それが「生活維持省」の怖いところ).
  15. 親が人口調整で殺される子供の助命を懇願をする。×…「生と死の支配者」の場合は,人口調節ではなく,結核菌保菌者で悪要素抹殺策に抵触したのが理由である.なお,「生活維持省」の場合は実際に殺人を実行する主人公に対して嘆願するが,「生と死の支配者」の場合は長官の「初めはわしに会いに来たのだが,きみの方に回しておいたのだ.」という言葉でわかるように,会いたくない長官が部下にたらいまわししただけである.
  16. 親が子供の助命の懇願をするシーンまではそれほど重要ではなく物語の舞台の説明に終始する。…×.これもあいまいで類似点と言えないと思うが,「生と死の支配者」の場合には3ページで,その子供を救うシーンが後に反対組織に付け入られる隙やエンディングの伏線になっているので,指摘の通りである.しかし,「生活維持省」の場合は5ページで,物語の背景の詳細な説明に加えて,「カードを引き出して,出た順番にさ」というように,驚きのエンディングへの伏線が張られており,正しいとは言えない.
  17. 人口調整の被害者は小さな子供である。…×.「生活維持省」では娘のアリサとが殺される話なので被害者と呼べるが.「生と死の支配者」は理由が息子のフィリップが結核菌保菌者だからということに加えて,逆に主人公に息子が救われる話なので,被害者ではない.一般的な意味でも,前者は国民から平等に選ばれ,後者は土地所有者・資産家,異常遺伝子を保持する赤ん坊と男子不適格者,死を目前にした老人であり異なる.
  18. 物語のハイライトは親が子供の助命を懇願するシーンでその割合は全体の大半を占め、両作品まったく同じ割合だ。…×.親の子供の助命を懇願するシーンは「生と死の支配者」は250ページ中の約8ページで,物語のハイライトは他銀河系への惑星間移住を実現させたところ.「生活維持省」は10ページ中約4ページで,ハイライトはその後に主人公が自分のカードを引き,それを穏やかに受け入れるところ.割合もハイライトシーンも異なる.
  19. 人口調整で殺害される子供の懇願を親はあきらめる。×…「生と死の支配者」では人口調節ではなく悪要素抹殺策で結核菌保菌者というのが理由なので異なる.ちなみに,あきらめた理由は,「生活維持省」は現在の快適な生活を維持するために方針に納得せざるをえないから,「生と死の支配者」は主人公の「しかし,不可能なことは頼まないでもらいたい.」という言葉と長官の「初めはわしに会いに来たのだが,きみの方に回しておいたのだ.」という言葉でわかるように,方針を変える唯一の力のある長官は逃げて副長官に回されただけで,責めても意味はないことを知ったから.
  20. 主人公はこの人口調整のための殺害に対し、仕方ないと思っており疑問をもっていない。…×「生と死の支配者」は違法だということを承知したうえで子供を救う.さらに,最後で自分のいろいろ手を汚した長官人生を振り返り,「おれも一つは正しいことをしたわけだ.あの子は生きていて当然だったんだから.」と述べている.つまり,この問題に対する対処が両作品では正反対である.

上記から類似点は4点で,時代,人間の死をつかさどる官庁で働いている設定,例外は認められないという発言だけであることがわかる.もちろん,条件をいろいろ変えれば合致する項目数は増えるだろうが,複数の項目が同じ意味になったり,その内容もより一般的で類似点というほどのものではなくなるだろう.
なお,「人口調整」とか余計な言葉がついているために誤りと判定せざるをえない項目が多いのだが,その理由はきっとそうでもしないと「イキガミ」とも合致してしまうからだろう(苦笑).
結局は両作品の実際の文章には,盗作といえるほどまでの類似性が見られないのは明らかである.ななし氏が「イキガミ」の利害関係者(作者を含む)で,盗作疑惑をなかったものにするために意図的に真実と異なる話を流布しようとしているのか,単に文章の読解力や議論能力に欠けているのに大騒ぎしているだけかは不明だが,どちらにしても,ここまで真実がはっきりしたのなら,今後相手にするのは単なる時間の無駄だろう.