「イキガミ」と「生活維持省」

筒井康隆の日記で書かれていたように星新一の娘である星マリナは,間瀬元朗の「イキガミ」が星新一の「生活維持省」の盗作ではないかという主張をついにWebで公開した.私は最初から最後(苦笑)までヤングサンデーを読んでいて,彼の作品が出た時に確かに似た話をどこかで読んだことがあると思っていたのだが,それが「生活維持省」だと言われて納得した.「イキガミ」の特にエピソード1が酷似しているという主張らしい.
私が学生時代には,SFファンにとって星新一の「ボッコちゃん」は通過儀礼のような小説で,ほとんどの人が読んでいたと思うし,特に「生活維持省」は直木賞候補にもなった名作である.幸いなことに,今回の件で「生活維持省」の全文が期限付きで公開されたので,ぜひ一度目を通してもらいたい.
これに対する小学館の反論を読んで不思議に思った点がいくつかある.

  • 間瀬元朗は1969年生まれ(編集者は不明).この年齢で漫画家や出版社を志した人間が,1970〜1980年代に漫画界と密接な関係があった日本SF界の影響を一切受けずに(星新一筒井康隆小松左京と共に日本SF界の御三家と呼ばれた中心的な人物である.当時の漫画界とSF界の親密ぶりは,当時SF専門漫画誌が続々と発売されたことや,漫画のキャラのコスプレが日本SF大会における「うる星やつら」のラムちゃんの仮装から始まったことでわかるだろう),「生活維持省」が収録された「ボッコちゃん」を読んでいなかったことは,とても考えがたい.ちなみに,星新一の作品は「世にも奇妙な物語」でも数多く取り上げられている(「ボッコちゃん」に収録された「おーい でてこい」など).かりにも漫画と編集の「プロ」が,そういう状況下で「読んだことがない」と主張するのは,政治家の公約のように不自然.10〜20代前半のそのムーブメントの影響を受けていない漫画家・編集者のコンビなら理解できるが,この年齢ならそれはとても考えられない.
  • 赤紙」から発想したという点も不自然.「イキガミ」と「生活維持省」はどちらもコンピュータによって人間の関与を排除した完全に平等な人口調節を実現した社会…それは本当に素晴らしいのか?という心理的な葛藤がメインであり,これは単に国民が強制的に戦争に参加させられていた「赤紙」の不幸な時代とは異なる話である.この背景には,昔のSF界では未来の世界は人の生死さえもコンピュータによって管理されるのではないか?それは幸せではないのではないか?というテーマで作品が多く書かれていたことがある.たとえば,有名な作品としては,竹宮恵子の「地球へ…」のマザーコンピュータが支配する世界や,手塚治虫の「火の鳥」の未来編などもそうであろうし,他にもいろいろ作品はあったと思う.それらに一切言及せずに,まったく世界が異なる「赤紙」を出してくるのはおかしい.「赤紙」は単なる手段だが,コンピュータ管理世界と赤紙を結びつけるアイデアは確かによい.しかし,これを思いつくとしたら,大正15年(1926年)生まれの星新一の方だろう.挙げられた資料は,戦時中を知らない作者が参考のために集めたにすぎないと考えた方が自然である.
  • 「星マリナさんは『生活維持省』と『イキガミ』の類似点を指摘していらっしゃいますが、弊社は2作品に多くの相違点を感じます。」と書かれているが,この主張では確かに似ているけど,違うところ「も」あると言っていることになる.しかし,「生活維持省」を下敷きにした場合でも意図的に違う点を作るのは当然の話で,結局問題とされるのは,似ている度合いが盗作と言わなければいけないほどなのか,それともそこまでではないかであり,それは真面目に判断しなければいけないはずである.

金色のガッシュ!!」問題で編集者のレベル低下が明らかにされたばかりの小学館なので,「有名作品を漫画家・編集部共に誰も読んでませんと主張する」&「根底に流れるテーマがまったく無関係な「赤紙」だけから発想したと主張して,詳しい発想・創作過程を示せない」&「(似ている箇所の言及はせずに)違うところがあります」という主張では,とても通らないと思う.しかも,連載開始時に日本文藝家協会から内容が酷似していると連絡を受けたのに,無視したのはまずかったと思う.私は,似たようなテーマの作品が他にも複数あり,そちらの影響を受けたとか,もう少し根拠のある主張をしてくると思っていたのだが….もしかして,いきなりのヤングサンデー休刊は,肝心の編集部をなくしてしまうことで,この盗作問題をうやむやにするため?とも思ってしまう.
ちなみに,この背景として,星新一は「ショートショート」というスタイルにこだわったゆえに,連続ドラマ化や映画化は難しく,御三家の中では一番「一般的な」知名度が低く,すでに故人であるという特殊な事情があることは覚えておいた方がよいだろう.
なお,「イキガミ」は「生活維持省」と同じテーマをさらに「死ぬことがわかったら,人間はどのように行動するのか?」(実はこれも筒井康隆あたりが似たテーマの作品を書いていた気がするが,こちらは別に盗作というほどのものではない)という方向に非常にうまく発展させていて,よい作品になっていると思う.それだけに,あまり変なことで自分の作品を傷つけないように,この問題をうまく解決してもらいたいものだ.